12 making a hamburger, please which put the cheese into six.

Google先生に訳してもらったが、自信はない。

【帝王切開入院記その3】麻酔が切れた。

2012年3月27日水曜日 生後1日目

夜中の間も何回か授乳はしていたので、何時に起きたのかはよく覚えていない。
この日は歩けたらおしっこの管を抜く事が出来るという話だったので、何が何でも歩いてやると意気込む。

点滴がブドウ糖とかの、いわゆる栄養分だったのだが、その中にきちんとインスリンが入っていた事に気付く。

昼前に看護師さんに促され、歩いてみる事に。
起き上がる時に痛いのは子宮の収縮なのか、傷の痛みなのか。
立ち上がって、点滴台を支えにして、歩いてみる。
意外にいける。
病室を出て、廊下に出たら、看護師さんが叫ぶ。

私の悪露が、産褥パッドの限界を超えて漏れ出してしまっていたのだ。
ずっと寝ていたのに、立ち上がったからだと思う。

とりあえず病室に戻り、防水シートをベッドに敷いてもらって、腰掛けて、看護師さんを待つ。
歩く事は出来たので、おしっこの管を抜いてもらい、産褥パッドを交換、術着からパジャマに着替える。
そして昼食も出る。お粥と普通のおかず。
お腹が空いていたのでがっついてみたが、胃とか腸とかがついていけてない感じ。

午後に油揚げさんとお姑さんが来る事になっていたので、油揚げさんに汚してしまったスリッパの替えを頼んだり、友人にメールしたりと、意外と快適に過ごしていた。

が。
背中の麻酔が切れて、とんでもない事になる。
全く動けない。
子宮じゃなくて、お腹の傷の痛みがすごくて、どうしようもない。
点滴で痛み止めを入れてもらうが、全く効かない。

油揚げさんたちが到着するも、悶絶しているので、たまおだけ見てもらう。
看護師さんから座薬を提案されるが、体勢を変えられず、看護師さんたちに変えてもらうも痛くてちょっぴり叫ぶ。

なんとか座薬を入れてもらって、30分後くらいに多少マシになる。
油揚げさんの前で苦悶の表情をしつつ。
どうにかお姑さんと親戚の方と話をする。

出生届の関係で、母子手帳を返してもらったりでバタバタ。
油揚げさんたちが帰る。

点滴の痛み止めも時間を空けないと入れられないので、苦しむ苦しむ。
夜はもうどうしようもないので、たまおは看護師さんへ完全に預けることに。